昨年の夏の話し。
私たちは、たまたまその日Shenandoah国立公園を訪れていて、その姿をはじめて見た。
車で木々の間の道を通っていると何やら聞き覚えのある騒々しい音。
「もしかしてセミじゃない?」と旦那。
こちらでは夏になってもセミは本当に少なくて、おととしも数えるくらいしか見かけなかった。そして去年は17年に一度大発生するセミ、いわゆる「17年ゼミ」のあたり年だった。新聞やネットでもかなり取り上げられていたので、彼らの姿形は覚えていた。幼少期、近所で「セミ取り名人」として知られていた私としては、なんとかその姿を一目見てみたかった。
車をおりて近くを探して見ると、すぐに見つかった。力尽きて草むらに落ちてしまってるもの、たよりなく草にぶら下がってるものもたくさん。その数の多さにびびる娘。
思ったよりもかなり小さい。ニイニイゼミくらいの大きさじゃないかな。鳴き声は、なんとなくアブラゼミ。姿もなんとなくアブラゼミがもっと小さくなって色素が全体的に薄くなった感じ。そしてなんといっても特徴的だったのがセミなのに飛ぶのが非常に遅い。最初見たとき蛾かハチかと思った。
警戒心も低いようで、のんびりしたセミだな、と。
でも、それがゆえ、いくら補食されたとしても種としての命をつなぐためにこれだけの数で大発生してるって考えたらやけに納得。
それにしても17年も土の中で過ごすって・・・そして、17年もその場所が変わらずそこに存在するっていうのもすごい。国立公園だからこそだろうけど。セミは何年もの間、土の中にいて地上に出てきてからは一、二週間しか生きられないっていう。何かの小説に(「八日目の蝉」だったかな)セミはそもそも地中でその生涯のほとんどを過ごす生き物って考えたほうがいいんじゃないかって書いてて、まさにその通りだなと思った。
17年もの間、暗い土の中で過ごして、最後の一週間で見える外の世界ってどんな世界なんだろう。実際土の中ほど快適ではないかもしれないけど。それでも間違えることなく出てくるんだから、生物の神秘としかいいようがない。
今年のあの蝉たちがつないだ命が今度地上に現れるのはまた17年後。
私はそのとき生きてたら50歳過ぎか。
上の娘は22歳になる。
どんな世の中になってるんだろうな〜。